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2017-12-24 の記事 - 2017-12-24
ここ最近であちらこちらのメディアからインタビューされ、悪い意味で時の人なTwitter代表・笹本氏。

ツイッタージャパン・笹本代表取締役一問一答 利用者急増で改良後手に/ヘイトスピーチ「線引き困難」

かつてトップページにヘイトツイートをバンバン掲載し拡散していた時代に始まり、今に至るまで散々差別への加担行為を続けているTwitter社ですが、代表がこれではそうなるのも当然といいましょうか。笹本氏は日本のレイシズムにおいて最も有害な人物の一人と言っても過言ではないでしょう。

ヘイトスピーチか否かの線引きが難しいケースというのは確かにあります。仮に同じ文章であっても、文脈や発言者の立場などによって意味が正反対となる場合すらあるのが言葉というものですから、ヘイトスピーチかそうでないかを確実に切り分けることは極めて困難です。
したがって、笹本氏の主張は確かに正しいのです。ただし、もしTwitterが「これは明らかに黒」といったケースについては全部きっちり対応していて、もはや線引きが困難なものしか残っていない場合に限っては
実際のTwitterは、どこをどう見てもヘイトスピーチでしかあり得ないような書き込みをも野放しにしており、それゆえに強い批判を受けています。はっきり言って、現状のTwitterが差別に対処する上で、線引きの問題といった高度な物事を考える必要など全くありません。差別で入れ食いの状態なのですから、明らかにヘイトスピーチでしかないものを片っ端から処理すればよいのです。
明確な差別扇動表現は、差別扇動効果があるか否かさえ判断困難な表現と比較し、読んで字のごとくより高い扇動効果を持っています。最終的には境界線上のヘイトの問題にも取り組む必要があるにせよ、とりあえずは明確なヘイトを取り締まるだけでも、差別扇動の勢いを弱める効果は十分に期待できます。
逆に、どこからどう見ても明確なヘイトを放置するならば、それはヘイトの集客装置かつ培養装置として機能します。その結果、いざ災害などの混乱が発生した時に、あからさまな差別デマやジェノサイドの扇動が大量になされることになり、人命に多大な危険をもたらします。
現状のTwitterが線引きとは無関係の状況である以上、線引きがどうこうというのは差別に対処したくないがための言い逃れにすぎません。熊本の震災をはじめとして、様々な局面で危機的な事態が実際に発生している状況にありながら、笹本氏はこれをあえて放置しているのです。

笹本氏はまた、利用者増によって手が回らないということを主張しています。
そんなものは自社の責任で面倒を見られる範囲を大きく超えた異常なサービス展開をするのが悪いのであって、それで自社がダメージを受けるならまだしも、全く無関係の他人に被害を押し付けているのですから、まさに同社の無責任な体質を裏付けるような言い分ではあります。
ただ、実際には無責任にサービスを展開したのではなく、最初から差別に対処する気がないというのが正解でしょう。
TwitterなどのSNSにおいて、有名人は抜群の拡散力を持っています。有名人の差別は一般人のそれに比べて圧倒的な扇動効果を持ち、さらには「有名人がここまで言っているのだから、自分もここまでは言っていい」とみなされれば歯止めが外れてしまうことから、いわば差別の先導役として機能し、差別のトーンを激化させる効果もあります。
リソースが足りない中で大きな効果を上げたければ、こうした有名人を厳しく処分するのが最も効率的です。悪質な有名レイシストは今までに散々差別を繰り返しているわけですから、規約に基づき処分をする上で障害となるものは何もなく、人手もほとんど不要で今すぐにでも行うことができます。おまけに運営の差別への対抗姿勢を強く発信できる効果まであります。差別をなくそうと本当に考えているのなら、やらない理由がありません。
しかし、Twitterはむしろそれを頑なに避けています。すなわち、利用者増で対応しきれないというのは仮に事実であっても無責任極まりないことですが、実際にはそれすらも単なる言い逃れでしかないと考えるよりありません。

果てはこういうことを言い出します。

>「僕らは何かを統制していく存在ではなく、線引きは非常に難しい。ただ、ツイッターがなくなっても、(ヘイトスピーチなどの)問題はなくならない。どうやってこれをなくしていくか、ツイッターがみんなで語り合える場になれば本当はいいと思っている」

何を寝ぼけたことを言っているのでしょうか。ルワンダ千の丘自由ラジオが「このラジオがなくなっても、ヘイトスピーチはなくならない」と言って差別を垂れ流し続けているも同然。
確かにTwitterがなくなってもヘイトスピーチはなくなりませんが、Twitterが培養し増幅し拡散した差別によって苦しめられたり、生命を脅かされる人が出ることはなくなります
現状、Twitterは災害時ジェノサイド扇動などにおいて先頭を走っている存在に他ならず、ルワンダのラジオにも近い役割を果たしつつあります。その脅威は決して小さなものではありません。また座間遺体事件を見ても分かるように、Twitterが殺人の媒体となり得ることもすでに証明されています。Twitterがなくなった場合、たとえそれで問題がなくならなくても、問題に対する大きな前進となるのは間違いありません。
しまいには、たかだか差別はダメと示すことすらできず、被差別者が退会を余儀なくされているような場で、差別をどうやってなくすか語り合えばいいとふざけたことを言う。何かの冗談でしょうか。

ちなみに現在、Twitterは2018年に向けてユーザーからの要望を受け付けているようです。しかし、差別を何とかしろと何年も前から指摘されていますが、何とかしたことは一度もありません