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2017-11-04 の記事 - 2017-11-04
民進新代表・大塚氏「政権交代を」 立民、希望と3党中心

立憲民主、希望の三党を中心に政権交代を目指す決意を語った」そうですが、共産党との連携には慎重とのこと。

希望の党 落選者座談会「民進のままなら当選できた」

こちらは小池ヘイト党に移って見事に落選した連中の負け惜しみです。

私が(元)民進党の議員や落選者にぞっとしているのは、彼らからは全くレイシズムに対する怒りや忌避、それに加担したことに対する罪悪感などが見て取れないことです。
小池氏は在特会関連団体の講演に出たり、関東大震災朝鮮人虐殺事件への追悼文送付をやめるような稀代のレイシストですし、踏み絵の内容からも分かるように小池ヘイト党もまたレイシスト政党です。このような政党に移ること、あるいは合併を承認するなどということは、悪魔に魂を売り、かつ被差別者の平穏を捧げものにするのと同じです。
危機を煽り立て、マイノリティへの憎悪を煮えたぎらせて支持を拡大するというやり方は、現在の自民党が散々やっていることです。それに対抗し、また対抗する人々のよりどころとなるのが、現状での野党の存在意義に他なりません。したがって、党勢を拡大したり、政権交代を目指すためにマイノリティを踏みにじるようなやり方は本末転倒で、そのような勢力を支持することはできません。
ところが、レイシズムの問題に対して多少の知識があれば分かり切っているようなことですら、(元)民進党所属者にとっては理解ができなかったようです。結果、小池ヘイト党は負けるべくして負けていながら、移籍者は負け惜しみ。あのようなヘイト政党を「日本に右でも左でもなく寛容な中道の政党を作るという希望の党の理念は間違ってなかったはずです」と評するのは、何かの冗談でしょうか。もっと先に反省すべきことがあるはずです。
また、民進党残留組もこの点については同様で、要約すると「共産党とは組めないが、差別政党とは組める」といったアベコベなことを言い出すわけです。どこまでふざけているのか、反共や党利に目がくらんで人間として優先すべきものすら見えなくなったのかと唖然とせざるを得ません。
仕掛け人の前原氏についても同様。私は「All for All」の理念は素晴らしいものであると考えますが、ところが小池ヘイト党はレイシスト政党です。それぞれ属性の異なる人々が「みんな」尊重しあう社会こそがダイバーシティであり、逆に特定の属性の人を「みんな」から排除するのがレイシズムです。この合流は「All for All」の理念に真っ向から反するものに他ならず、すなわち前原氏は「みんな」にはマイノリティを含まないと考えていることになります。
共産党と共闘していても勝てていなかったとか、ウジャウジャ言い訳を並べ立てているようですが、レイシストに魂とマイノリティの平穏な生活を売り渡そうとした行為について他に言うことはないのでしょうか。

なお私は、立憲民主党に関しても現状ではあまり信用していません。
確かに、レイシスト政党である小池ヘイト党、そことは組めるのに共産党とは組みたくないという民進党よりはずっとまともでしょう。しかし、理由はどうあれ小池ヘイト党との合流を許し、レイシストと手を組むことを許した責任は帳消しにはなりません。あれが被差別者や反差別者をどれだけ震え上がらせ絶望させたか、まさか分かっていないわけではないでしょう。
また、演説にレイシストの小林よしのりを呼んでくるなど、疑問を覚えざるを得ない行動もみられます(なお、私は先の選挙で比例をどうしようか迷っていましたが、この一件にあきれ返って今回は立憲民主党に入れないことを確定しました)。これでは現状で信用などできようはずもありません。

小泉氏「このままなら自民党必要ない」 政策決定巡り

ある政党の内部からこういう論が上がったら、マスコミから「内輪モメ」扱いをされて不信感を煽り立てられたり、あるいは政界に限らず、事件・事故・不祥事・芸能などにおいて、当事者・関係者が自分のことを棚に上げた物言いをしたところ火だるまにされたりした例というのは結構見てきた気がしますが、マスコミの皆様におかれましては、氏に対してだけは一切そのような扱いをなされあそばせないのでございましょうか。
それではさすがにあんまりでございますので、他のお方がおやらかしになられた時と同様になされあそばしていただきたく存じる次第にございます。

ところで、

>日本にイノベーションなんか生まれないですよ

このセリフ、最近別のところで見かけました。それがこちら。

「だから日本は少子化だ」三菱UFJモルガンから休職命令を受けた幹部が激白

>これで日本はイノベーションが生まれるわけがありません

言葉こそほぼ同じですが、あまりにも重さが違います。
自分も関係者のくせにしれっと他人事を気取って安全圏からキャンキャンわめく、最初からレールが引かれている世襲政治家と、断崖絶壁に直面した当事者たちの地の底からの叫び(保育所に落ちた、学費が無理だ、差別されて苦しい、などなど)、後者こそが人々の耳に届き、後者こそが政治の中心となり、後者のためにこそ動く社会であってほしいと、私は強く望みます。